豊崎神社

豊崎神社の基本情報

大阪市北区の梅田と淀川の間の豊崎に鎮座する神社。

主祭神は第36代天皇「孝徳天皇」、配祀神として「素盞嗚尊」、「應神天皇」が祀られています。

宮中にある歴代の天皇を祀る皇霊殿を除くと孝徳天皇を祀る唯一の神社です。

毎月第3日曜には「豊崎じんじん」という杜の市イベントが開催されており、地域住民の氏神様として古くから親しまれています。

正式名称豊崎神社(とよさきじんじゃ)
英)Toyosaki Shrine
通称豊崎宮
所在地〒531-0072
大阪府大阪府大阪市北区豊崎6丁目6−4
電話06-6371-5264
参拝時間(開閉門)常時開放
社務所・授与所受付時間日中(不在もあり)
公式サイトなど
創建正暦年間(990年~995年)頃
旧社格村社
系列・信仰
神社めぐり

由緒・歴史

645年(大化元年)、いわゆる大化の改新が始まりました。

同年7月に第36代天皇に即位した孝徳天皇は都を飛鳥から大阪に移しました。

遷都に伴い孝徳天皇は難波長柄豊碕宮を造営、以後、朱鳥元年(686年)の正月に全焼するまで34年ほど難波長柄豊碕宮は存続したとされています。

当神社はその難波長柄豊碕宮の旧跡地とされています。

平安時代に入ると都が京へ移り、この地は荒れ果てて松林となり八本松と呼ばれていました。

第66代天皇「一条天皇」はそのことを哀れみ、正暦年間(990年~995年)に藤原重治に命じ、この地を開拓し孝徳天皇を祀る少祠を建立したのが当神社の始まりとされています。

難波長柄豊碕宮の所在地については、当神社の位置とする説と、上町台地の上とする説があり、長らく論争が続いていました。

1954年から30年に渡り考古学者「山根徳太郎」を中心とした発掘調査が行われ、大阪城南の中央区馬場町・法円坂一丁目一帯の地に宮殿遺跡が発掘されました。

現在では難波宮の所在地は当地ではなく上町台地にあったとする説が定説となっており、跡地は国の史跡、大阪府指定文化財等に指定され難波宮跡公園として整備されています。

ご祭神

主祭神:孝徳天皇

配祀神:素盞嗚尊、應神天皇

主なご利益

地域守護
国家安寧
病気平癒
必勝祈願
武運長久
出世開運

主な祭礼、行事

日程行事
毎月第3日曜日豊崎じんじん
1月9日、10日戎祭
4月15日稲荷祭
7月14日、15日夏季大祭
10月14日、15日例大祭
11月27日孝徳天皇祭

御朱印

力強い墨書きの文字に、孝徳天皇を祀られている由縁から天皇・皇室の家紋「十六葉八重表菊(菊の御紋)」が押されています。

真ん中の四角い印には「難波長柄豊崎宮跡」と書かれています。

初穂料は300円です。

拝殿内の授与所に誰もいらっしゃらない場合は、上図の社務所までお声掛けすれば御朱印をいただけます。

行き方・アクセス

電車・バスでの行き方

大阪市営地下鉄御堂筋線「中津駅」より徒歩10分
阪急宝塚線「中津駅」より徒歩15分
大阪駅からは大阪市営バス34番守口車庫前行きに乗り「豊崎神社前」下車すぐ

車での行き方・駐車場

境内に駐車スペースがあります。

境内のご紹介

境内は広く、多くの神様が祀られています。

入り口

正門は神社の東側にあります。

同じ東側の少し北に摂末社へ直通できる入り口もあります。

社殿

昭和39年(1964年)に再建された社殿です。

拝殿内に授与所がありお守りや御札があります。

鹿島神社・豊受大社

寛永時代(1624年頃)に疫病が流行し、疫病退散を願い常陸の鹿島神を勧請して当社に祀ったのが始まりとされています。

相殿神として豊受大神も祀られています。

ご祭神武甕槌命
豊受大神
主なご利益国家鎮護
勝負運
武運長久
五穀豊穣

恵美須神社

毎年1月9、10日にはえびす祭が行われます。

ご祭神恵美須大神
主なご利益国家鎮護
勝負運
武運長久
五穀豊穣

東照宮社・厳島神社

全国に130社ほどある東照大権現(徳川家康公)を祀る神社のひとつ。

相殿神として日本神話に登場する水の女神「市杵島姫命」も祀られています。

ご祭神徳川家康公
市杵島姫命
主なご利益国家鎮護
勝負運
武運長久
五穀豊穣

稲荷神社

庶民の神様としておなじみの稲荷神社です。

ご祭神宇賀之御魂神
主なご利益国家鎮護
勝負運
武運長久
五穀豊穣

神石(孝徳天皇の御履脱石か?)

孝徳天皇の御履脱石とされる神石が祀られています。