鵲森宮(森之宮神社)

鵲森宮(森之宮神社)の基本情報

森ノ宮駅のすぐそばにあり、「聖徳太子」とその父「用明天皇」、母「穴穂部間人皇后」を祀っています。

聖徳太子によって崇峻天皇二年(589年)に創建された1400年以上の歴史を持つ古社。

小さな神社ですが、かつては約800m四方に広がり、楼門、拝殿、幣殿、本殿が縦に並ぶ大きな神社だったそうです。

穴穂部間人皇后を祀る唯一の神社。

このあたりの森ノ宮の地名は当社の社名から来ています。

正式名称鵲森宮(かささぎもりのみや)
英)Kasasagimorinomiya
通称森之宮神社(もりのみやじんじゃ)
所在地〒540-0003
大阪府大阪市中央区森ノ宮中央1丁目14−2
電話06-6941-9294
参拝時間(開閉門)調査中
社務所・授与所受付時間調査中
公式サイトなどhttp://www.morinomiya.net/
創建崇峻天皇二年(589年)
社格等旧府社
系列・信仰など
神社めぐり

由緒・歴史

古墳時代、仏教を受容するか否かで蘇我氏と物部氏が対立。

蘇我氏方であった聖徳太子は戦いでの必勝を祈願し、戦に勝った暁には四天王を祀ることを誓いました。

崇峻天皇2年(589年)、無事に戦いに勝った聖徳太子は、当社を創建し両親(用明天皇、穴穂部間人皇后)を祀り、四天王寺の鎮守社としました。

そして当地に四天王を祀る寺(元:四天王寺)を創建しました。

四天王寺はその後、現在地の荒陵山に移転し、当社だけが残ったとされています。

また一説によると当地は物部守屋の邸宅跡であり、聖徳太子が物部守屋の怨霊を鎮魂するために四天王寺を建立したとも言われています。

森ノ宮は「守屋の宮」から来ているのかもしれません。

「鵲(かささぎ)」とはカラス科の鳥で、日本書紀によると推古天皇6年、聖徳太子に命により新羅へ渡った吉士盤金(きしのいわかね)が持ち帰り、難波の杜で飼ったとされています。

この難波の杜が当社で、次第に「鵲の森」「森の宮」「森明神」などと呼ぶようになったと伝えられています。(難波の杜は生國魂神社であったとする説もあります。)

ご祭神

用明天皇
穴穂部間人皇后
聖徳太子

主なご利益

主な祭礼、行事

調査中

御朱印

あり

行き方・アクセス

電車・バスでの行き方

JR・地下鉄「森ノ宮駅」出てすぐ

車での行き方・駐車場

調査中

境内の紹介